洋服を全く着ない「着物生活」を始めて、今年で二十年…。七千五百日以上、雨の日も風の日も、毎日毎晩、着物だけを着続けてきた。
そして今、「熊本を、きものの似合う文化の街に!」という大きな夢が出現した。「日本人だからこそ、着物でゆとりや豊かさを感じ、和で幸福になりましょう!」と、心から提唱できるようにもなった。
僕は、創業百年になる呉服屋の三代目、二十四歳で家業を継いだ。呉服屋なのに洋服で着物を販売していることに疑問を感じ「絶滅危惧種」とも言える着物業界の将来への不安も募った。その恐怖感を乗り越えるべく下した決断が「きもの宣言」。背水の陣で自らを追い込んだ。
丁度、県商工会連合会主催のヨーロッパ研修旅行中に三十二歳の誕生日を迎える。「海外で宣言するなんて、カッコいい!」、親父や周りの心配・忠告をよそに僕の腹は決まった。
フランス滞在の二日間は、みんなと同じ洋服だが、ついに運命の日がやってきた。スーツケースから真新しい浅黄色の麻の着物を取り出し、角帯をぎゅっと締め黒の紗羽織を羽織った。不慣れな着物姿、ちょっと面映ゆかった。
突然の着物姿での登場に知人達はざわめき、外国人は喜んだ。「ボンジュール!」。レストランでは、一番に椅子を引いてくれ、熱々の料理が出てくる。イタリアのトレビの泉では、僕に向けてカメラのシャッター音が鳴り響く。ミラノ空港では、サングラスのCMモデルになった。
衣服を着物に変えただけで周りの視線が激変し、海外で華々しいきものデビューを飾った。